かぶ

皇帝の白珠

「なんだ、コレは」
 求めも望みもしないのに送りつけられてきた『后』との顔合わせの場で、いつまでたっても被りものを取ろうともしない相手に痺れを切らした皇帝は、自らの『后』の元まで足を運び、自身の手で純白の絹のそれをばさりと無造作に剥ぎ取った。
 その下にあったのは、骨と皮よりは少しばかりマシ、という風体の、白い白い子供だった。
 結い上げられた髪も、その肌も、人のものとは思えないほどに白い。その中で淡い血の色を透かす唇と、水のように薄い蒼をした瞳だけが色を持っていた。
 これは本当に人なのだろうか。人形ではないのだろうか。
 そう思ってしまえるほどに、その存在は儚かった。
「……宰相、答えよ。コレは何だ」
「サイリア・レグ・ギルトマール姫……の、はず、なのですが……」
 自身でもわかるほどに冷ややかな視線を向けた先では、腹心の部下がこちらも絶句していた。
 否。宰相だけではない。この部屋にいた全ての人間が、その子供を見て反応を返せずにいた。
「おい、お前。名はなんと言う」
 目下の子供に短く問う。しかし子供はきょとんとこちらを見上げてくるだけで、それ以外の反応をまったく示さない。
「耳が聞こえない……わけではないな。余の言葉に反応は示しているのだから。つまりこちらの言葉がわからぬ、か」
 まったく、どこまでも馬鹿にしてくれる。
 低く唸り、皇帝は獰猛な笑みを浮かべる。
 この目の前の子供は、釣書が正当なものであるのならば、この大陸でも一二を争う大国の姫のはずだ。力をつけはじめた新興の国へと牽制のためか、はたまたその監視を目的としてか、ほぼごり押しで送り込んできたのがこの『后』だった。
 望まぬからと送り返したり、はたまた斬って捨てるような真似をして不利な立場に陥るのはこちらの方だ。だから渋々と受け入れ、最低限の礼節を持って持て成そうとしていたのだが……
「宰相。お前、これの国の言葉を話せたな」
「はい」
「ならば事情を聞きだせ。名と、身分と、ここに至った事情の全てだ」
「――かしこまりました」
 相手国が相手国なのだ。皇帝とてその言語は問題なく操れる。しかし相手の策に乗ってこちらから下手に出るのがどうにも不快で、敢えて宰相を介する事にした。
 そんな考えなど見通しているのだろう、儀礼的に頭を下げて近づいてきた宰相は、一応は皇帝の伴侶となる予定の子供の前へと膝を着く。その気配に釣られたのか、皇帝から視線を外したその子供は宰相へと顔を向ける。
『遠路はるばるようこそお越しくださいました。長旅の疲れもあるかとは存じますが、いくつか確認をさせていただきます。まずは無礼を承知の上でお伺いいたしますが、お名前をいただけますでしょうか』
 実に慇懃な問いかけにも、子供はただ視線を向けた姿勢のまま、口を開けることすらしない。
「……これは白痴か?」
「陛下……」
 思わずもれた言葉に宰相が小さく息を吐く。しかしそう考えたとしても、この状況では仕方がないだろう。嗜めておきながら宰相も同じ考えに至っていたのか、僅かに語調を和らげてそれこそ無礼極まりない問いを投げる。
『失礼ですが、私の言葉は理解されているのですよね?』
『……は、い』
 か細い、ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに微かな声が、その血の気のない唇から零れ落ちる。
『それはよろしゅうございます。では再度お願い申し上げます。お名乗りいただけますでしょうか』
 帰ってきたのは再びの沈黙。
 何かがおかしいと確かに気づいたのはこの時だった。
 指先で細い顎を持ち上げ視線を合わさせる。淡すぎる瞳に己の姿が映されていることを確認した上で、皇帝は短く問うた。
『お前、言葉は話せるのか』
『は、い』
『ならば話せ。知る言葉全てを話せ』
 ほとんど脅すようなその言葉に、子供は怯んだ様子など僅かにも見せず、ほんの少し考えるようにしてからゆっくりと口を開いた。
『ありがとう、ございます。もうしわけ、ございません。ごめいわくを、おかけ、いたします。たべ、おわりました。ごじひに、かんしゃ、いたします。おてを、わずらわせ、ました。ありがたく、いただきます。とても、おいしゅう、ございました……』
 難しい言葉を間違えずに話そうと努める子供のような拙さでもって並べられる言葉から、はっきりとその子供がどのような扱いを受けてきていたのかを理解する。
 瞬間、激情が皇帝を貫いた。
 それは怒りだったかもしれない。憎しみだったかもしれない。それほどまでに下に見られているのかと侮辱に対する反発だったのかもしれない。だがそれらは決してこの目の前の哀れな子供に向けられたものではなかった。
 幾度か深く呼吸を繰り返して感情を押さえ込むと、皇帝の感情に当てられて蒼白となっている宰相を視線で下がらせる。その上で、椅子に座らされているその存在に問いかけた。
『お前は、どうしたい?』
 じっと見上げてくるその瞳に、微かな驚きを見る。無表情な中に表れた感情はいっそ色鮮やかだ。
 皇帝の問いかけに対する答えが言葉で返ってくる事は結局なかった。
 おずおずと、まるで畏れるかのように持ち上げられた細い細い指先が皇帝の袖口をきゅっと握り締めた、それだけで十分だった。
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