かぶ

Truly Madly Deeply - 06

「たっかしちゃ~ん、最近なんか、ええコトあった~?」
 授業が終わり、部活に向かう途中の廊下で不意打ちに背後から伸びてきた腕に羽交い絞めにされ、隆は一瞬何事かと身構えた。けれど耳に届く声は明らかに聞きなれたもので、すぐに緊張を解いた。
「……秀人、離せ」
「離してもええけど、話はしてや?」
「話ってなんんだよ」
 肩越しに覗き込んでくる愛嬌のある垂れ目を睨み付け、隆はぶんっ、と勢いよく旧来の友人を振り払った。その上で背後を振り返り、そこに彼が秀人と呼んだ少年だけでなくもう一人、どこかたおやかな空気を持つ少年もいた事に驚きを見せる。
「洋司……いたなら秀人を止めてくれって」
「ごめんね。でも、僕に秀人を止めるのは無理だから諦めて」
 にこやかに微笑みながらさらりと言い切る。
 別に毒舌というわけではないが、心情をあまりに素直に口にするため、時々恐ろしいほどの鋭さでココロのどこかが抉られる。それはもうざっくりと。けれどそんな物言いも洋司の性質だと知っているから、隆は諦め混じりの息を吐いた。
 隆を待ち伏せていた二人は、隆が如月学園の幼稚舎に入った頃から不思議と気の合う、半ば腐れ縁に近い親友だ。けれど同じ学校に通っていて、大抵の少女達がこぞって及第点をつけるだろうレベルの容姿を持つという共通点がありながら、三人は実に異なった雰囲気を持っている。
 三人の中で最も背い隆は、陸上部で鍛えられている事もあり、一八〇センチを超える上背に恥じない体格をしている。しかし誰彼なく愛想を振りまく事がないため控えめに言っても近寄りがたい雰囲気がある。もちろん気を許した相手には歳相応の少年らしい表情を見せるのだが、そういう相手はそうそういない。そのゆえどうしても周囲には硬派な印象を与えがちだ。
 対して三人の中で一番背が低いのは刑部秀人(おさかべ ひでと)だ。
 背が低い言っても一六五センチは超えているので背の低い女の子からすれば十分なのだが、男子の平均からするとやはり低い。この身長でバスケ部に入っているため、部の先輩達にはマスコット扱いされているものの、本人曰く「オレの成長期はまだまだこれからなんや!」との事なので、周囲は生暖かく肉体的な成長を見守っているらしい。
 両親が共に関西の出身で、なおかつ初等部の三年次から中等部の一年次までの間両親の故郷に戻っていた事もあり、秀人は自分が関西人だと強く自負している。そのため、標準語にはまったく馴染もうとしないという妙なところで頑固な一面もある。
 残りの一人、三好洋司(みよし ようじ)はと言えば、背丈も体格も隆と秀人との丁度中間といった感じだが、日本人形を思わせる端整な顔立ちをしていて、ぱっと見では冷たい印象を持たれやすい。
 実家が華道の本家という事もあってか、常に穏やかな印象があり、どちらかといえば自分から話すよりは人の聞く方が得意なのだが、相手の言葉や様子をじっくりと観察した末に、不意打ちのようにずばりと核心を突いた発言をする事がしばしばあるため、彼を苦手とする人間は結構な数に上る。けれどそういった彼の発言は、むしろ相手のためになると判断した上での言葉であって、けっして人を傷つけたり、相手より優位に立つためのものではないのだが、中々それに気づく人間はいないため、「三好は毒舌だ」という風評が定着している。
 そんな三人に共通しているのは、他人を親の地位や肩書きではなく、本人がどんな人間なのかを見定める事ができるという点だ。だから秀人も洋司も隆を特別扱いしないし、隆も「神沢家の長男」ではなく一人の少年として付き合える。同じ理由で三年もの間関西に戻っていた秀人が帰ってきた時も、その間何かと連絡を取っていたという事もあるが、まったくブランクを感じなかった。
 そんな二人が隆を待ち伏せて話をしようと言うからには、何かがあったのだろう。
 部活が始まるまであまり時間はない。それまでに話が終わるのだろうか。終わらないようならキャプテンにメールで遅れる、もしくは休む旨を伝えなければならない。そう考えて、隆は単刀直入に問うた。
「で? 何の用だって?」
「ンなもん決まっとるやろ。お前が最近仲良うしとる優等生の件や」
「――わかった」
 どうやら今日は、部活をサボらざるを得ないらしい。もう一つ、今度は諦めそのものの息を吐いて、隆は先導する二人の少年達の後を追いはじめた。


* * *

 駅前のスターバックスの二階で、三者三様のドリンク――隆はカフェラテ、秀人はキャラメルマキアート、洋司は抹茶ラテ――を片手に隆達は、運良く空いていた一番奥まったソファ席へと向かった。
 席に着いて、まずは一口とばかり無言のままでドリンクに口を付けた彼らだが、軽く口を潤したところで早速とばかり秀人が切り出した。
「んで、一体何がどうなっとんの? お前、これまでこれっぽっちもそういう素振り見せんかったやん」
「指示語多すぎでワケわかんねぇ。訊きたい事があるならもっとはっきり訊けよ」
 無駄な時間稼ぎだと知りながら、いらない指摘をする。その指摘を受けて、秀人がニヤリと笑った。
「ほな訊かせてもらうけど。隆さ、いつから峰倉と仲良うなったん?」
 早速始まった尋問に、隆は慎重に答えを返す。
「……その前にさ、なんでお前らがそれを知ってるんだよ」
「はぁ? 隆お前、自分らが噂になっとる事も知らんかったんか?」
「噂?」
 呆れたような秀人の声に隆は顔をしかめる。ほんまに知らんかったんかと呟く秀人に代わり、洋司が答えた。
「そう、噂。ゴールデン・ウィーク前あたりから広がりはじめてたかな。今は少しずつ下火になりってきてるけど、まだまだ何かと注目されてるよ」
「……どんな噂が流れてるんだ?」
 真剣な表情で問いかける隆に、秀人が返す。
「学校内でお前と峰倉が親しい喋っとる事が急に増えたから、もしかしたら付き合ってんのちゃうかてネタ。まあ、聞き耳立ててた連中が、お前らの会話にはそんないちゃこらしたもんちゃうから違うやろて言い出したおかげで治まりつつあるんやけど」
「そ……か」
 聞かされた内容の薄さにそっと息を吐く。その程度なら問題はない。校内でプライベートな話題を避けていたのは正解だったらしい。
 肩の力を抜いて緊張を解いた隆の様子に、洋司はすっと目を細める。そんな洋司の視線に隆が気づくより先に、興味津々の顔で秀人が改めて問うた。
「で、結局お前が峰倉と仲良うなったんはいつからなんや?」
「……四月の半ばぐらい、だな。聞かれる前に言っておくけど、俺と峰倉はまだ付き合ってるわけじゃないからな」
 隆の投げた牽制球に、秀人がにやりと笑う。
「まだ、……ね」
「なんだよ」
「んにゃ。別に何もあらへんよ。……で、どないなきっかけで話すようになったんや?」
「偶然出先で顔を合わせたから話をしたら気が合った」
「出先ってどこ?」
「…………」
 話の流れからここは絶対に避けられないとわかっていたのに、どうしてこうも簡単にこの話題になってしまうのか。
 依子は同級生であれば誰もが自分の出身を知っていると言っていたが、自分という例外がいたのだから、目の前の二人がまだ知らない可能性もある。いくら二人を信頼しているからといって、彼女のあまり吹聴されたくないだろう事情を口にするのはどうだろうか。
 そんな事を考えて黙り込んだ隆を見て、洋司が首を傾げる。
「どうしてそこで黙るかな。何か後ろめたい場所だったとか?」
「違う。そんな事じゃない」
 これだけはきっぱりと返す。しかし――
「せやったら教えろゆーねん。――ま、隆がどうしても言いたないんやったら無理強いはせえへんけど」
 ひょいと肩を竦める秀人の変わり身の早さに苦笑する。彼の態度は知らぬ者が見れば図々しい上に気まぐれ以外の何ものでもないだろう。けれど秀人は引くべきところの見極めが上手いだけだ。ここは引いた方がいいと判断すれば、どんなに興味を抱いていてもあっさりとなかった事にしてしまい、こちらから同じ話題を振らない限りは二度と口にしない。
 秀人の言葉に隆がそっと安堵の息を吐いた次の瞬間、洋司がさらりと投下した言葉に凍りついた。