かぶ

Truly Madly Deeply - 25

 指で中を広げられる感覚にようやく慣れてきたのか、強張っていた身体が少しずつほぐれてくる。少しばかり狭く感じるものの、指を増やしても痛みを訴えられなかった事からもう大丈夫かもしれないと判断して、隆はそっと指を引き抜いた。
「峰倉、こっち向いて」
 素直に振り返った顔は真っ赤に上気していて、どこかとろんと潤んだ瞳は、ぞくりと劣情の火花を背筋に走り抜けさせるほど扇情的だった。反射的にその肩を引っ張って仰向けに押さえつけ、思いのままに唇を蹂躙する。何度か歯がぶつかったけれど、そんな事はどうでもいいとさえ思えた。
 手探りで依子の足に触れ、その間に自分の身体を割り込ませる。ぼうっとしていた瞳がはっきりと隆を映し出し、問いかけるようにじっと見つめた。
「――いい?」
 何が、とは訊かなかったし、依子も何を、とは訊かなかった。
「う、ん。いい、よ」
 掠れた声で頷いて、淡い笑みを浮かべる少女に隆はそっと口づける。それから彼女の膝を抱えて大きく広げると、もうずっと避妊具の中で暴発しそうになっていた欲望を押し当てた。けれど上手く入り口に合わさっていなかったのか、何度か挿入に失敗してしまう。胸の奥で焦りが大きく育ちかけた時、不意に先端が彼女の中へと沈み込んだ。
 なるべく痛くしたくない。その一念で、一気に貫きたがる本能を抑え込み、少女の様子を見ながら徐々に腰を推し進める。
 さっきまでとはまったく違う圧倒的な存在感が胎内に沈み込んでくる。噂で聞いたような激しい痛みはなかったけれど、狭い場所を広げてながら奥へと隆が進んでくるたび、じりじりと熱が生まれるのを感じていた。それが痛みであり、隆が自分の身体を拓いている何よりの証拠なのだと、ぼんやりした頭が考える。
「あ……うんっ、ん、――っ、んんん!」
 苦しげな声を出さないようにと口を押さえていても、喉の奥から殺しきれない声がどうしても漏れてしまう。その切ない響きに、罪悪感が隆の胸を焦がす。依子を思えば止めた方がいいのかもしれない。だけど今の隆には、こんな中途半端な状態で止める事なんかできるはずもない。――ここで止められるなら、はじめから何もしていない。
「ごめん、も、少し……我慢して」
 なんとか舌を操って言葉を綴り、隆は思い切ってぐっと一番奥まで腰を進めた。二人の身体がぴたりと重なった瞬間、歓喜と快楽にそのまま達してしまいそうになった。割れるのではないかと思うくらい強く奥歯を噛み締めてかろうじて堪え、熱く息を吐き出した。
 衝動のままに動きそうな身体を必死で押さえ込んで、隆は依子の頭の横に両肘をつく。真上から見下ろす依子は強く目を瞑っていて、その表情から彼女は自分と違って快感を得ているだけじゃないのだと思い知らされる。
「峰倉……大、丈夫、か?」
 とても近い距離から聞こえてきた声に、依子はそっと目を開けた。隆の綺麗な形の額には汗が浮かび、顔が上気して赤くなっている。
 やはり、はっきりこれとわかる痛みはない。わかるのはただ、隆が自分の中にいる事と、繋がっている部分がとても熱くて、じんじんと痺れているという事だけ。ほんの少し前まで強い違和感を覚えていたのに、呼吸を繰り返すごとに体温が交じり合うようで、自分と相手の境目がわからなくなる。気持ちいい、という感覚はわからないけれど、それでも「ひとつになる」という表現が大げさなものじゃないのだと、実感する事はできた。
「あたしは、大丈夫。神沢君は?」
「――――死にそう」
 ほとんど間髪入れずに返された言葉は実に予想外で、依子は一瞬状況を忘れてしまう。
「へ?」
「正直、気持ちよすぎて……少しでも動いたら、情けない事になりそうで、怖い」
 男の一番敏感な部分を薄いゴム越しに包み込む少女の体内は、組み敷いている身体より更に熱く、柔らかく、そのくせ絶妙な強さで締め付けてくる。
 高校二年の健康な男子としては当然、これまで自らの欲望を慰めた事など正直数え切れないほどある。だけど今、隆が受け取っているこの感覚は、その時に想像したものや自分の手で得たそれとは比べ物にならない。
 周囲を取り巻く同級生達がこの行為に並ならぬ関心を持ち、果てには涙ぐましいまでの努力をしているのを、正直これまで馬鹿馬鹿しいと思っていた。だけど実際に味わった今となっては彼らの事を理解できる。
 弱音の片鱗をあっさりと口にし、隆は気遣わしげに少女の瞳を覗き込む。
「峰倉は、本当に大丈夫? 女の子は、最初は痛いっていうけど……」
「ん、大丈夫、かな。その……思ってたほど、痛くなかったから」
 気丈に微笑む依子の額から、隆は指先で汗で張り付いた髪をそっと横に流す。その指の感覚に目を細める少女の安堵しきった表情に、彼女への愛しさが胸の中で唐突に膨れ上がる。
 そうと意識するより先に、身体が動いていた。力の限りで細く柔らかな身体を抱きしめ、唇を寄せた耳に、思いの丈を熱く吹き込む。
「好きだ、峰倉。俺、峰倉の事好きすぎて……もう、どうしたらいいかわからない……」
 掠れた、けれどどこか艶めいた声が依子の頭を一気に麻痺させ、二人の繋がっている奥の場所をきゅうと引き絞る。自然、隆を更に締め付ける事になってしまい、予想外の刺激を受けた少年はうぁ、と声を漏らして下腹部に力を入れる。
 このままではいつ暴発するとも限らない。それならばと腹を決めて、隆はゆっくりと上半身を持ち上げる。
「……あ、のさ。少し、動いても、いい?」
「あ……う、ん」
 恥らって視線を逸らしながらの言葉を受けて、そっと腰を動かす。依子の身体に緊張が走ったのは束の間の事で、その表情にも苦痛は見えない。
「痛くないか?」
「ん、ほとんど大丈夫みたい。だから……」
 言いかけて視線を逸らし、首元まで赤く顔を染め、少女は小さく
「好きにして、いいよ」
 そう続けた。
 羞恥の中に垣間見える、咲きかけの花がかもし出す色香は隆から理性を奪うには十分すぎた。
「峰倉――腕、背中に回して」
「え、こ……こう?」
 おずおずと言われたとおりに裸の背中に触れる。刹那、隆がひくりと身体を震わせ、熱く息を吐いた。
「そう。俺に、しがみついてて。痛かったら、引っかいても噛み付いてもいいから」
「でも、そんな……」
 戸惑ったように反論する唇を隆は自分の唇で塞ぎ、そのままベッドのマットレスに手をついて身体を前後に揺すりはじめる。背中に回された腕に力が篭められ、上半身が重なり合う。つんと立ち上がった胸の突起が胸板を擽る感覚が新たな油となって、燃え盛る欲望を更に掻き立てる。
「うんっ、ん、ん……ぁ、んあっ、あ、ふっ……んんっ」
 動きはじめるともう、気遣いなどしている余裕など完全に消し飛んだ。ただがむしゃらに依子を穿つ。苦しいのか、最奥を突くたび声が漏れる。そんな声も、激しい動きにベッドのスプリングが軋む音も、肌と肌がぶつかる音も、もはや全てが隆を昂ぶらせる要因にしかならない。
「み、ねくら……峰倉、峰倉、峰倉――」
「神、沢君――」
 熱に浮かされたように繰り返し呼びかける隆は喉を逸らし、眉根をきつく寄せながらも恍惚と目を細めていた。こめかみから顎へと汗の雫が滑り落ち、顎の先から依子の胸で弾ける。次から次へと浮かんでくる汗に、背中に回した腕が滑ってしまわないようにと必死でしがみつく。
 身体の中をかき回されるのは、その事で気持ちいいとは思えないけれど、だからといって気持ち悪いとか嫌だとかは思わない。奥を突かれるとほんの少し鈍い痛みを感じるけれど、それ以外に痛みはない。だけどそんな事よりも、依子にとっては彼女の身体で隆が感じてくれている事が嬉しくて、それだけでどうしようもなく心が満たされる。
 経験はもちろん、知識もほとんどもっていないから、どうすれば隆を喜ばせる事ができるのかなんてわからない。だけどせめて、こうして抱かれるのが嫌ではないのだと、ちゃんと幸せを感じているのだと伝えたくて、依子は思いを込めて彼を抱きしめる。
 包み込むように、慈しむように自分を抱きしめる腕から、穏やかな笑みを浮かべて見つめる瞳から、隆は自分はは紛れもなく依子から愛されているのだと、はっきり実感する。
 実感が胸から全身へと緩やかに広がっていく。歓喜に震えた心が、感情が昂ぶるにあわせ、隆は自分が限界に近づいていると知る。今はもう、冷静に考えるなんてできない。ただ熱情のままに、心のままに、愛しくて愛しくてどうしようもない少女を貪る。全身を侵す熱が脳の中心でとてつもない濃度の塊となって集まり、一気に脊髄を駆け下りる。
「――っ、峰、倉……好きだ――」
 視界が白く焼けつくような絶頂感のなか、混じりけのない純粋な想いが口を突いて飛び出した。
 びくびくと全身を痙攣させながら、一気に力の抜けた身体が依子の上に落ちてくる。背だって高いししっかり鍛えられているからには依子より重たいはずの身体は、好きな人だからだろうか。少しも重たいとは感じなかった。それどころか逆にその重みが、不思議と嬉しいものに思えた。
 余韻からか、時々身を震わせる隆の身体は汗でびっしょりと濡れていて、信じられないほどに熱い。肩口からは全力疾走した後のような荒い呼吸が聞こえてくる。その汗に濡れた背中に回した腕を解こうとして、上手く腕が動かせない事に気づく。
 隆の事にばかり気を取られていて自分では気づいていなかったけれど、依子自身もかなり体力を消耗していたようだ。じっとりと全身を気だるい疲労感が包んでいる。
「は……み、ねくら……ごめん、重い、よな……」
「ううん、大丈夫。……重いけど、あたしは平気」
「そう……?」
 どこかいぶかしげな声に、依子は顔を横に向けて隆と視線を合わせる。意外な顔の近さに驚いたけれど、それは上手く隠して微笑を浮かべてみせた。
「……それにね、さっき神沢君が言ってた意味、わかる気がして」
「俺が言ってた?」
「うん。ほら、神沢君があたしを膝に乗せた時、言ってたでしょ? あたしが膝に乗ってるって実感できるって。こうしてると――その、神沢君に、抱かれ……たんだなって……」
 言葉を口にしながら、なんだかとんでもない事を言っている気がして、依子は視線を隆から逸らす。そんな彼女を見つめながら、隆は低く笑いを漏らす。
「峰倉……頼むからそんな可愛い事言わないで」
「え?」
「そんな事言われると、うっかりまたその気になりそうで……ちょっとマジ、ヤバイ」
 僅かに苦笑を滲ませた隆は両腕を依子の肩の傍に突き、慎重な動きで身体を引き離す。ずるりと胎内から隆が抜け出す感触に呼吸が詰まる。完全に身体が離れた瞬間、ほんの少し、物足りないような、切ないような感情が胸を締め付けた。