かぶ

僕と彼女の共同戦線

「じゃあね、ロブ。また明日」
「バイ、キャシー。ジョスリンも」
「うん、またね」
 クラスメートたちに手を挙げて挨拶を返し、ロビンは中々に年季の入ったショルダーバッグを肩にかける。彼女の準備が終わるのを隣の席に座って待ってた僕を振り返ると、キラッって感じの笑顔を浮かべた。
「待たせてごめん。それじゃあ行こうか。今日はオレ……じゃない、あたしん家に来るんだよね?」
 物心ついてからレベルで乱暴かつ男っぽい言葉を使ってきた彼女は、僕の希望にあわせて最近はなるべく女の子らしい物言いをするようにしてくれてる。や、僕としては元々の喋り方も嫌いじゃなかったんで少しばかり心苦しかったりもするのだけれど、こうしてロビンが“僕のために”努力してくれる姿を見るのは……その、正直、かなり嬉しかったりする。
 うっかりニヤけそうになる顔を何とか引き締めて、僕も立ち上がる。
「全然待ってないし。ていうか、今日も行っていいの? なんか最近、ずっとロビンの家ばっか行ってる気がする」
「うちは全然構わないけど。ていうか駄目なら誘わないし。ランディはうちに来るの、嫌?」
「まさか! 嬉しいに決まってる! ……けどさ、なんかこう、あんまり毎日だと、嫌がられないかなとか、邪魔にならないかなとか思うわけで」
「あはは、そんな事なら気にしないで。どうせ家に帰っても宿題したら後は他にやる事なんてほとんどな――」
「――だったらロブ、あたしたちと一緒に遊ばない?」
 唐突に沸き起こった声に二人して振り返る。そこには、やっぱりクラスメイトで、最近何かと僕らに……というよりはロビンに構いたがっているリズベスとジェマがいた。
「キミたちと?」
「うん。だってほら、ロブってばランディとばっか一緒にいるじゃない」
「男の子とアソブのも楽しいけどさ、たまにはオンナノコ同士ってのもイイと思わない?」
 ねー、と、顔を見合わせてくすくす笑う彼女は、期待に満ちた目をロビンに向ける。
「だからどう?」
「ワタシの家も結構オモシロイよ?」
 正直、こういう場は苦手だ。仲間外れにされる可能性が高いからってのもあるけれど、それ以上に無言の圧力が、こう……さ。何て言うか、『男だったらここは私たちに譲ってよね!』ってオーラがびんびんと伝わってきて、身を引かなきゃ引っかくわよ的な空気が嫌。ロビンを取られるってだけじゃなく、僕自身がやりたいと思ってる以外の事を強要されるのが嫌。ほら、僕って一人っ子のオボッチャマだから、ワガママ度は結構高いんだよね。
 まあそれでも、人前で駄々をこねる程子供でもないから、オトナの態度で訊ねてみる。
「って言ってるけど……ロビン、どうするの?」
「どうするって、何さ。あたしに行けっての?」
「まさか。ロビンが嫌なら行けとは言わないよ。だけど二人の言ってる事も正しいじゃない」
 ひょいと肩を竦める僕に、カバンを机の上に戻したロビンが鋭い視線を向けてくる。
「どこが、正しいって?」
「僕とばっかり遊んでるところと……女の子同士で遊ぶってのがどんな事なのかは知らないけど、楽しいかもしれないってあたり?」
「それが何だってんだ? いいか、ランディ。オレはお前といるのが好きだからお前といるんだぜ。嫌々じゃない。それに女の子同士の遊びって、お前オレに人形遊びだのリアル着せ替えだの頭からっぽな会話だのしろってのか? あ?」
 実のところ、さっきからしまったと思ってはいたのだけれど、とうとうロビンの逆鱗に触れてしまったみたいだ。ていうかうん、ごめん。確かにそういうのはロビンの趣味じゃないや。
「……ごめん。僕が間違ってた。やりたくない事は強要するべきじゃないよね、うん。それに元々僕と約束してたんだもん。こっち優先してもらうのがもっと正しい」
「――オレは、別にどっちでもいいんだぜ。ただしお前がオレに遠慮したからって、こいつらとは絶対に、一緒になんか行かねぇけどよ」
 これ以上になくきっぱりと告げた彼女に、事の成り行きを見守っていた二人の目が誰の目にも明らかなくらいつりあがった。
「ちょっと、ナニよそれ! ワタシたちとアソブのがそんなにイヤなの!?」
「てかさ、せっかく誘ってあげてるのにその態度とか、マジ酷くない? 一体ランディの何がいいってのよ!」
「ソウよ。ちゃんとセツメイしてよ。納得できないワ!」
 いきり立った二人の声は、当然だけどクラス中に響き渡っていて、思いっきり周りの注目を浴びている。あー、もう頼むからさ、人の目ってものを考えるスキルくらい、十歳にもなったら身に着けてほしいって思うのは、もしかしなくても望みすぎだったりします? ていうか本人がいるところで相手のいいところを教えろとか、それ、どんな羞恥プレイですか。
 なんて事を内心で嘆息しつつ、僕はそっとロビンの耳に顔を寄せて小声で提案した。
「……ねえ、なんかいい加減面倒だし、振り切らない?」
「へぇ、あのランディ・モーガンヒルが女の子から逃げるっての?」
 からかうような目で見てくるロビンに悩むそぶりを見せ、あっさりとお手上げのジェスチャーをする。
「今回に限っては逃げたい……かも」
「あははは。さすがのランディも女の子の勢いには勝てないって?」
「勝ったところで何も得しないなら、勝負を避けるのもアリだって父さんが言ってたし」
 ひょいと肩を竦める僕に、ロビンはからりと笑ってみせる。
「それはまた、実業家の親父さんらしいセリフだね。けどオレ……あたしが思うに、ここは一度勝てば後は面倒を避けられる確率がアップするはず。それでも逃げる?」
 ロビンを取り巻く空気から険が消えた上に、言葉遣いも気をつけたものに戻ってくれた事にほっとする。どうやら損ねた機嫌の回復は成功したみたいだ。まあ、問題はまだ残っているのだけれど。
「えーと……でも、勝つには結構僕、恥ずかしい目に遭いそうじゃない?」
「安心しな。あたしも同じくらい恥ずかしいから」
 ふ、と口元に笑いを浮かべたロビンの頬が、ほんのりと染まってる。
 うーわー、うわー、ロビンってば何、なんかものすごく可愛いんですけど!
「ちょっと! こっちを無視していちゃいちゃしないでよね!」
「ソウよ。ミセツケられる方のミにもなってよね!」
 またしても上がったキーキー声に、思わず二人して疲れた顔になる。だけどすぐに気を取り直したロビンは、リズベスとジェマの二人へと視線を向けた。
「はいはいはい、わかったからヒス起こすのやめろよな。……で、何だっけ。ランディのいいところだったっけ? とりあえず、あんたらみたいにどうでもいい事で騒がないところは確実だね」
 思わず「お見事!」と拍手してしまいたくなるくらいにばっさりと切捨てた彼女は、まるでこれっぽっちも動じてないような顔で(だけどいつも一緒にいる僕には実はすごく照れてるんだってのが丸わかりな顔で)、次から次へとまくし立てた。
「それに顔が好みだし、頭もいいから話をしてても楽しい。あたしが知らない事をたくさん知ってるしね。マデリーンさんがしっかり躾けてるから一緒に何か食べてても嫌な気分にはならないし、挨拶とか感謝の言葉とか謝罪の言葉も適切に使えるし、人の事を気遣う事もできる。あたしの言葉を笑わないだけじゃなくてちゃんと注意もしてくれる。何より……こんなあたしでも、ちゃんと女の子として扱ってくれるのが嬉しい」
 最後の言葉はすごい早口で、しかも小さめの声で言われたせいで、一歩分も離れてないところにいる僕ですら、うっかり聞き逃すところだった。
 おかげで僕は、それまででも十分に色々とこうヤられていたのだけれど、もう完全にノックアウトされてしまった。嬉しいのと恥ずかしいのとくすぐったいので耳や首まですごく熱くなってる。ちらっとロビンへと視線を向けると、彼女も彼女で真っ赤になって明後日の方向を見ていた。どうやらもうしばらくこっちに意識を戻す事は難しそうだと判断して、僕は気を抜けばニヤつきそうになる顔をなんとか無理やり引き締めて、僕らにとってはお邪魔虫以外の何者でもない二人へと向き直った。
「今、ロビンが言ってくれた他にももっと理由いる? あ、いらない? なら僕ら、もう帰るね。ロビンのママ、きっともうお迎えに来てくれてると思うから待たせちゃ悪いしさ。――ほらロビン、行こう?」
 呼びかけて、当然のように手を差し出す。一瞬目を剥いた彼女は、だけどほんの少しの逡巡の後、やけくそのように僕の手をぎゅっと握り締めた。机の上で忘れられてるっぽいカバンをロビンの代わりに取り上げて、僕は母さんから呆れた調子で父さんそっくりだと言われる営業スマイルを二人へと向ける。そして、これ以上になく爽やかに言ってやったのだ。
「それじゃあまた明日。――あ、でも、僕らの邪魔はもう二度としないでね? ロビンも許してくれそうだし、次からは僕、たとえ相手が女の子でも容赦しないから」


――その日以降、僕とロビンの邪魔をしようって子の数は面白いくらいに減った……なんてエピソードは、もしかしなくても蛇足だったね。うん。