かぶ

伝える想い 伝わる心

 第一印象はすっごく純粋に、「あ、すごくかっこいい人がいる」だった。
 けれどあまり欧米人らしくない――どちらかといえばネイティブアメリカンを髣髴とさせるその見た目は、周囲の女の子たちに対してあまり高評価を得られるものではなかったらしい。あたしのセリフに返ってくる反応は一概に「そう?」だった。
 それからしばらくして少しずつ話しをするようになって、ふと笑ったその笑顔に目が釘付けになった。
 アメフトをしている、というエピソードにも素直に頷ける大きな体。とは言ってもむきむきまっちょとかじゃなく、一八〇センチを超える身長に見合った広い肩幅とバランスの取れた身体つき。
 管楽器――それも金管でなく木管だ――の音を思わせる独特に響く声が聞こえる度、胸がどきどきした。無意識に見つめてしまって目が合った時には誤魔化すように笑って、笑い返してもらえるだけで幸せになれた。
 そんな彼のそばに特定の女の子がいるようになっても、ああやっぱりな、と、嫉妬すら覚える事なく納得できた。
 だけど……
「近々帰国するんだ」
 その言葉を聴いた時には、さすがに冷静でいられなかった。
 見ているだけでよかった。時々言葉を交わせたら、それでよかった。
 いつか離れ離れになると知ってはいたけれど、まだ先だと思っていた。……そう、思っていたかった。
「いつ、帰国するの?」
 ほかの友達から聞いて、返ってくるであろう答えなんかはじめから知っていた。
「あー、次の水曜日、だな」
 本棚に並べられている雑誌を物色しながら答える彼に、ああ、と、また胸の中でため息をひとつ。
「そっか……。て、何か面白いのある?」
「いや。ていうか、ここにこれがあるって知らなくてさ」
 言いながら持ち上げるのは、ヨーロッパで売られている音楽雑誌の束。
「そうなんだ? よく読むの?」
「友達のところで見た事がある程度だけど、けっこういい記事あるって聞いて興味はあったんだ。けどまさかここで見るとは思わなかったよ。誰のなの?」
「音楽の先生が家の片付けした時にね、もう要らないからって寄付という名の押し付けをしたの。読みたかったら持っていっていいみたい。一応返却は義務付けられてるけど」
 そうなんだ。ちょっと目を丸くして、またふわりと笑うその笑顔に目が奪われる。ああ、やっぱりいいな。あたし、やっぱり彼が好きだ。
 そう思ったら、考えるより先に言葉が零れ落ちていた。
「ね、知ってた? あたしね、あなたの事、好きなんだよ」
「え……?」
 ぴたりと動きを止めてこちらを見つめる彼に、あたしはちょっとだけ困った顔になってしまう。そして、こっそりと心の中でごめんなさいを告げる。
 だって、あと数日しかないのにこんな事を言われても、彼としてもどうしようもないだろう。水曜日が来れば彼は海の向こうに行ってしまうのだ。
 それに、時々しか話さない程度の関係しかない。本当に、今更としか言えないタイミング。
「驚かせてごめん。でも伝えるだけは伝えときたくて。それと、少しでも長く覚えてて欲しいなって下心もあってさ」
「……確かに、これじゃそう簡単には忘れられなくなるけどさ」
 ちょっとだけ息を吐き出して、手にしていた雑誌を棚へと戻す。そうして向き直った彼に、あたしはまっすぐ視線を向けた。
「ほんの少し、そうかな、って思う事はあったよ。視線を感じてたから。でもあまり話しかけてもらえなかったから、違うかもって思ったり」
「あー……それは、うん、まあなんていうかさ。あんまりこういう……えーと、彼氏とか彼女とかな方面には慣れてないから、どうしたらいいかわからなかったんだよね。それにあたし、あなたには好きな子がいるって思ってたし」
 名前を挙げて確認したら、また驚いた顔になって、それから苦笑を滲ませた。
「続かなかったけどね」
「やっぱり。――ほら、イースター前後に彼女と一緒にいる事増えてたでしょ? それで諦めモードに入っちゃったの。最近はあまり一緒にいないからどうしたのかとは思ってたんだけど……」
 濁した語尾にああうん、と気まずく彼が頷く。告白してもそんなに悪くならなかった空気がどんどん居心地の悪いものになってしまって、うかつな話題を持ち出した自分を恨めしく思った。
「――あのさ、帰国するまであとほんの数日だけど、もっと話をしないか?」
「え?」
 ぎこちない沈黙を破って差し出された提案に、あたしはぽかんと彼を見上げる。
「好きって言ってくれた君を、きちんと知りたいって思ったんだ。恋人とかそういうのは無理かもしれないけれど、友人にはなれるだろう?」
 真摯な瞳でそう告げる彼に、胸の奥が熱くなる。
 うん、やっぱり好きだ。この人が、好き。彼を好きになって、好きになれて、本当によかった。
 嬉しくて嬉しくて泣き出しそうになって。でもそこをぐっと我慢して、頷いた。