かぶ

しあわせのじかん

「峰倉さ、クリスマスはどうするの?」
「クリスマス……?」
「うん」
 思い出したような隆の問いかけに、依子は飲みかけていたお茶のコップを唇から放す。
 今日も今日とて部活帰りに「みやまえ」経由で依子の部屋に上がった隆は、コタツに両腕も突っ込んだままのだらしない姿勢のまま依子を見上げてくる。
 どうやら彼はこのコタツの心地よさをこれまで体感した事がなかったらしく、今では自分の部屋にも一台買おうかどうか真剣に悩んでいるくらい気に入っているらしい。依子が隆の部屋を訪れるようになってから、依子の手料理を食べたいというだけの理由で広めのテーブルを買っているから、増やす必要は既にない。それに、コタツが恋しいという理由でもいいから来てほしい、という可愛らしい邪心があるから、依子はあまり強く勧めてはいない。
「特に、予定はないけど……どうして?」
「どうしてって、俺は峰倉と一緒にクリスマスを過ごしたいから、予定がどうなってるか、知りたいなって」
 ゆっくりと身体を起こしながらそんな事を口にする隆の瞳はいつものように真っ直ぐで、言われた依子の方が気恥ずかしくなってしまう。
 だけどきっと、今から口にする内容の方が、もっと恥ずかしい、かもしれない。
「……あ、のね」
「うん?」
「二十三日は一日中お仕事だけど、二十四日と二十五日は……その、クリスマス中は暇だからって、お休み、いただいちゃった、んだ……」
 最後の方は、ほとんど呟きに近かった。
 伏せられた顔が赤いのは、髪の間からのぞいている耳の赤さから判断できる。
「それって峰倉、俺が二日とも、峰倉独占していいって意味?」
「……う、ん」
 小さく頷く少女の愛らしさに、隆の中で、図々しい期待が鎌首をもたげる。
 ごくりと口の中に溜まった唾液を飲み下し、隆は慎重に声をかける。
「なあ、峰倉。無茶だってのはわかってるんだけど、言ってもいい?
「え、何?」
「二十三日の夜、迎えに来るから仕事が終わったらうちに来ないか? それからクリスマスが終わるまで、ずっと一緒にいよう?」
「神沢、君……」
 驚きに目を見開く依子から僅かに視線を逸らし、隆は続ける。
「新年は一緒にいられないから、せめてクリスマスはずっと一緒にいたくてさ。休み明けたら進学の事で忙しくもなるし。――何も気にせず一緒にいられる今の間に、少しでも長く二人でいたいんだ」
 声に混じる切ない響きが、依子の心に冷たい雫を落とす。
 如月の大学部への進学のみを考えている依子と違い、まだはっきりとした結論を出してはいないものの、隆には外部受験の可能性がある。もし外部受験で決定すれば、クラスも変わるし予備校などに通う必要も出てくるだろうから、二人で過ごせる時間は一気に減ってしまうのだ。
 限られた時間の中で、手に入れられる幸せは少しでも多く手に入れる。そう、決めたはずだ。
「……そう、だね。うん、いいよ。クリスマスは、二人で一緒にいよう」
 言葉は、意外なほどすんなりと唇から出ていった。
「本当にいいのか、峰倉?」
「うん。あ、でも、外にも出かけようね? クリスマス・デート。実はちょっぴり憧れてたんだ」
 年相応の少女らしく笑う依子に、隆もくしゃりと笑み崩れる。
「そうだな。せっかくだし、都心の方にでも行ってみる? 多分色々とクリスマス・デコレーションしてると思うし」
「それ、見てみたい!」
「じゃあ、イブに行こうか。さすがにレストランとかは満席だろうけど……」
「そんなのいいよ。神沢君と一緒なら、あたしはファストフードでも構わないし」
「峰倉、それ、いくらなんでも欲なさすぎだって」
 堪らず吹き出す隆に、笑わないでよ、と依子が頬を膨らませる。その頬を、隆の手が優しく撫でる。
「クリスマス、すごい楽しみだ」
「あたしも。今から興奮しすぎて眠れなくなりそう」
「はは、俺も。どうしよう。このままじゃクリスマスまでに睡眠不足で倒れるかも」
「じゃあ、一緒に倒れよう。で、二人して保健室でぐーぐー寝て、クリスマスのための英気を養うの」
「待て、それは一体どういう状況だ?」
 他愛のない、馬鹿馬鹿しい言葉を交わしながらただただ笑う。
 この些細な幸せが、ずっと続けばいいと願いながら――