かぶ

僕と彼女のはじまり

 十歳になった頃にはもう既に、僕は、いわゆる“女の子らしい”女の子ってのにヘキエキしてた。だってまだエレメンタリー・スクールに通ってるってのに、ばっちりメイクだったり、もっと年上のアイドルやらセレブなんかが着てるような服を着ていたり、ボーイフレンドがどうだとか、アイドルがどうだとか、レンアイってのはね、なんて話題ばっかで、同い年の僕が言うのもなんだけど、「君ら、自分の年齢わかってる?」って真顔で訊ねたくなるようなのばっかだったんだ。
 幸か不幸か目の色以外は父さんそっくりに生まれついた僕は、一般的に見てもカッコイイ部類に入っているみたいで、女の子からは妙な視線を送られる事が多かった。実際、クラスや学年で一番可愛いとか言われている女の子たちからデートに誘われた事も、それに応じた事も一度や二度じゃない。
 最初はなんていうか、友達に羨ましがられるもんだからちょっと得意だったんだよね。だってどうせ一緒にどこかに出かけるなら、可愛い子との方がいいように思うじゃん? 母さんが美人じゃないなんて事は地球が真っ二つに割れても思わないけれど、僕の父さんはモデルや女優みたいに綺麗な女の人たちいるところをよく雑誌の写真に載せている。それって多分、そういう人たちと出かけるのが楽しいからなんだろうって、そう思ってたんだ。
 けどすぐに気づいた。そういう女の子たちって、母さんと違ってびっくりするほど頭の中が空っぽなんだって事に。
 映画を見ても、彼女たちが気にするのはヒーローのどこがどうかっこよかったとか、ヒロインのスタイルや着ていた服がどうだとかそんなのばっかで、もっとコウショウな――たとえばその映画のテーマは何で、それを軸にするとストーリー展開はどうだろうとか、そういう話には絶対ならないし、そっちに話を向けても「ランディって凄いのね! さっすがモーガンヒルの御曹司だけあるぅ」なんてわけのわからない反応を返される。いや、普通だろ、これくらい。君らの頭が空っぽすぎるだけだから。
 ――とまあ、若干十歳にして、僕は結構達観した女の子観を持ってしまっていたのだけれど、ロビンの存在は僕にカルチャーショック的なものを与えた。
 ロビンが僕らのクラスにやってきたのは、新学期が始まってから優に一ヶ月が過ぎた頃だった。
「ロビン・フランシェードです。よろしく」
 なんて、びっくりするくらい短く自己紹介を終えたその子は、日の光を受けて燃えるように輝く赤い髪をうなじで束ねていて、キルトでも着ていれば、きっと誰もがスコティッシュ・クランを受け継ぐ貴公子と信じただろう、なんて思えるほどに丹精な顔立ちをしていた。青いピンストライプの入ったワイシャツに、ざっくりと編まれたネイビーブルーのセーターを重ねて着ていて、下は色あせたデニムジーンズを合わせていた。さすがに靴までははっきり覚えていないけど、ちょっとくたびれた感じのスニーカーだったと思う。
 正直なところ、しゃべる言葉はあんまり綺麗とは言えなかった。多分アイリッシュ訛りだと思うけど、自分の事をオレなんて呼んでたし、うっかり汚い言葉を使いかけては言い換える、って事も少なくなかった。
 とはいえ、最初は別に特別関心を持ってもなかった。着ている服やジーンズのセンスも悪くなかったし見た目もよかったから、きっと女の子たちにモテるんだろうなって思ったくらいで。
 で、その予想はすぐに正しかったと証明された。
 何しろロビンがやってきた当日、噂を聞きつけたレベッカ(前に三回くらいデートした事のある子で、頭空っぽガールズの中心的存在だ)が、顔を見に来るなり街を案内するという名目でデートに誘いに来たんだ。それも放課後、まだみんなが残っているクラスルームに、だ。
 はじめ、ロビンは唐突に自己紹介するなり親切ごかした誘いをかけてきたレベッカの真意がわからず訝しげな顔をしていたのだけれど、彼女が上げる案内スポットがどこもかしこも僕らが行けるちょっと特別っぽい場所ばかりだと気づいて、ぷっと吹き出したんだ。
 当然、自分の可愛さに自信を持っているレベッカがそんな態度を見逃せるはずもなく、すぐにむっとして切り替えした。
「何? 何がそんなにおかしいのよ」
「ごめん、その、どうも誤解されてるみたいだから」
「誤解?」
「あー、まぁ、オレもそう思われるように仕向けてた節があるからアレなんだけど……ぶっちゃけ、オレ、男じゃねぇんだよな」
 一瞬で、クラスルームが冷凍庫に変わったような気がした。でもそれは本当に短い時間の間で、すぐにその場は絶叫に包まれた。僕はぎりぎりのところで叫ばなかったけど、それでも内心では思いっきり叫んでた。だけどそんな中、一人だけ面白そうな顔をしたロビンは、更に付け加えたのだ。
「だから悪いけどデートは断る。それにオレ、アンタみたいなケツの軽そうなのにはなるだけ近づきたくねぇから、今後もあんま、声かけねぇでくれよな」
 絶叫から一転絶句したレベッカをあっさりと無視して、ロビンは自分の鞄を肩にかけると廊下へと向かった。
 うっかり他のクラスメイトたち同様にその背中を見送っていた僕は、急いで自分のカバンを肩にかけて教室を飛び出した。
 歩くのがやけに速いロビンを捕まえられたのは、校庭に出る直前でだった。
「ねえ、待って! 待ってよロビン!」
 突然名前を呼ばれたのが嫌だったのか、不機嫌な顔になりつつもロビンは足を止めてくれた。すぐに僕をみとめて不信感は消えたけれど、警戒されているのは見てわかった。
「――アンタ、たしかクラスの……」
「ランディ・モーガンヒル。本当はランドルフなんだけど、父さんがランドだから僕はランディなんだ」
「ふうん。で?」
 やっぱり警戒心バリバリな目が僕をまっすぐに見つめる。そんな目で見られるのは正真正銘生まれて初めてで、思わずひるみそうになりながらも何とか言葉を口にする。
「あー……えっと、その、レベッカの鼻っ柱折った二人目と握手をしたくて。ちなみに一人目は僕で、君みたいに颯爽と退場しなかったせいで、盛大に最低男呼ばわりされたんだ」
「へぇ、そなんだ?」
 きらりと緑色の目が輝いた。母さんの目は深いサファイアだけど、ロビンの目は母さんが持っている極上のエメラルドみたいだ。赤い髪に緑の目って組み合わせは前にも見た事があったけれど、こんなにも印象的なのは初めてだった。
「都会の男どもってなぁ、ああいうのを付け上がらせておくだけの軟弱モノしかいねぇのかと思ってたけど違うんだな」
 相変わらずというかなんというか、乱暴な言葉遣いが耳に新しい。だけどどうしてだろう。彼女の口から聞こえてくるせいか、やけにすんなり僕の中へと入ってくる。
「……や、僕の友達とかは、あの子やそのご同類とデートしたがってるけど」
「なら、アンタが例外ってワケ?」
「多分ね」
 ひょいと肩を竦めると、ロビンは実に小気味よい笑みを浮かべた。
「だったら話、合うかもだな。な、オレたち友達にならね?」
「いいけど……そのオレってのと言葉遣い、もうちょっとどうにかならね?」
 つい言葉遣いを真似てしまう。けれどそれが面白かったらしく、ふわりと破顔して彼女は言ったんだ。
「そうだな。アンタがイヤなら直してやるよ、ランディ・モーガンヒル」


 その日から、僕らは何かと行動を共にするようになって……うん、まあ、その後の出来事についてはまた別の機会に、ね。