かぶ

Secret Zone - 03

 後片付けはしておくから、という俊哉の言葉に甘えて、真奈実は先にお風呂をいただく事にした。
 月に何度かは泊まりに来るものの、基本的に恋人の存在を感じるようなものは共用スペースに置いておけないため、真奈実の私物はみんな俊哉の私室にある。
 真奈実の部屋より一回り以上広い部屋には、パソコンの載ったシンプルなデスク、セミダブルのベッドとサイドテーブル、そして大きめの本棚が一つあるだけだ。左手側の壁が全面クローゼットのため、日常的な物はそちらに仕舞われている。
 物が少ないせいで片付いて見える部屋の奥、真奈実専用のスペースになっているクローゼットを開けて、バスタオルとパジャマと下着、それからお風呂セットを取り出すと、まっすぐにお風呂に向かった。
 自分の住むコーポに付いているお風呂と違って広々としたバスルームで丹念に身体を洗い、深くて幅も長さもあるバスタブにゆっくりと浸かる。
 ふぅ、と息を吐いたところで、脱衣所に俊哉が入ってきた。
「マナ、一緒に入っていい?」
「う~……」
 ここのお風呂は好きだけれど、毎回俊哉が乱入してくるのは……嫌じゃないのが困る。
「駄目なら諦めるけど……駄目?」
「……い、いよ」
 しばらくの逡巡の後、小さく返すものの、やけの反響のいいバスルームにその声は大きく響き、俊哉にもしっかりと届いてしまう。
「じゃ、入るね」
 どこか嬉しそうな声に続いて曇りガラスの向こうで俊哉が服を脱ぎ始めるのが見えた。彼の身体などこれまで何度も見ているはずなのに、どうしても直視できず、真奈実はまったく明後日の方向へと視線を向ける。
 キィ、と軽い音を立ててドアが開き、がちゃん、と音を立てて閉まる。
「……いいって言ったのは君なのに、どうしていつも視線逸らすかな」
「そ、逸らすに決まってるじゃない。恥ずかしいもん」
「そう? 僕はマナの身体ならいつでも見ていたいけど」
 くすくす笑いながら俊哉はシャワーに手を伸ばす。そんな彼の様子をちらちらと隠れ見ていると、頭を流して顔を上げた俊哉と鏡越しに視線が合った。
「――こそこそ見なくても堂々と見ればいいじゃない」
「無理!」
 きっぱり返すと俊哉がまた小さく吹き出して、身体を洗い始めた。
 俊哉の身体は、スポーツをしているわけではないから特別鍛えられているわけではないけれど、どことなく引き締まった印象がある。一八〇近い背丈があるけれどがっちりしているわけではなく、どちらかといえばひょろりとした感じ。なのに肩幅はしっかりとあって、抱きしめられるとどうしようもなく安心してしまう。
 とても自然に、綺麗だと思った。
「マナ? ぼうっとしてるけど大丈夫? のぼせちゃった?」
「え? あ、ううん! なんでもない!」
 気が付けば、身体も洗い終わったらしく俊哉がどこか気遣わしげに真奈実を見つめていた。慌てて首を振ると、ほっとしたように表情を緩める。
「ならいいけど。――と、少し詰めてくれる?」
「あ、うん」
 頷いて伸ばした足をきゅっと引き寄せて、そのまま視線を膝の上に固定する。それでもすらりとした足が湯船に入ってくるのが見えて、視線を壁の方へと向けた。
「……なんか、そこまで見る事拒否られるとちょっと傷つくな」
「で、でも……恥ずかしいんだもん」
「この間プールに行った時はそうでもなかったのに」
「プールとお風呂は違います!」
「わからないなぁ……」
 苦笑を漏らしながら俊哉は真奈実の腕を取り、そっと、しかし確かな強さで彼女の身体を引き寄せる。真奈実もこれには逆らわず、俊哉の腕の中に身を預けた。触れ合う肌の感触が心地いい。
「……マナを抱きしめてると、すごく安心する」
「私も、俊哉君に抱きしめられるとすごく安心するよ」
 しみじみと呟く俊哉に小さく笑い、真奈実も素直な思いを告げる。抱き寄せられているから顔の位置がとても近くて、きれいなアーモンド形の瞳を真正面から見つめる。
「可愛いね、マナ。好きだよ」
「私も、俊哉君が好き」
 囁きあって、どちらからともなく唇を寄せ合う。啄ばみ合うだけの口付けが深くなるまでに時間はいらない。気づけば真奈実は俊哉の膝をまたぐような格好で、彼の首に腕を回して深いキスに没頭していた。
 バスルームの壁が、跳ねるお湯以外の水音を響かせる。はじめは支えるように背中に回されていただけの手は、真奈実が体勢を変えた事で自由に動き出し、彼女の敏感な部分をじんわりと愛撫する。首筋に顔を埋め、神経の集まっているあたりに舌を這わせ、吸い付く。その間に手はやわやわと胸を揉み、既にぴんと立ち上がっている乳首を時々摘む。夕方に一度半端に高められていた身体は、驚くほどの速さで燃え上がった。
「んやぁ……ふっく、あ、だめぇ……」
「だめ? 嘘でしょう? だってマナ、こんなに僕にしがみついてる」
 耳元で囁かれ、ぞわりと背筋を官能が這い登る。その感覚にまたしがみつくと、俊哉は嬉しげに喉の奥で笑いを漏らした。膝立ちになった真奈実の腰を抱き、胸に唇を寄せながらもう一方の手を下腹部から太ももへと伝わせる。肌の薄い内股をゆっくりと撫で上げ、湯とは違う粘度の液体に満たされた割れ目に指を滑り込ませた。
「ひゃっ! そ、そこはだめっ! 俊哉君!」
「どうしてさ。ここはこんなにも熱くなって、触って欲しいって言ってるよ? お湯よりも熱いかもしれない」
 乳首を唇ではさみながら囁かれ、声が振動となって身体に直接伝わってくる。そのわずかな振動さえも、今は真奈実の快感を加速させる。
 一番敏感な芽に親指を当てながら、残りの指で割れ目をぬるぬると弄る。時々つぷ、と入り口に指を埋めると、ネコの泣き声にも似た喘ぎを真奈実は上げる。掌全体を秘所に押し付けるように刺激しながら、与えられる喜悦にふるふると震える真奈実の耳に、俊哉は甘く問いかけた。
「――ねぇ、どうしようか? このままここでする? それとも、僕のベッドに行く?」
「…………ベッド」
 素直に返ってきた答えに満足げな笑みを浮かべ、俊哉は真奈実を抱きかかえたままゆっくりと立ち上がった。
 愛撫と湯にのぼせかけた真奈実は既にまともに足も立たない状態で、少しやりすぎたかなと思いながら、俊哉は脱衣所へと真奈実を連れ出す。ぐったりとしている彼女を自分に凭れかけさせたまま、パイル地のバスローブを羽織らせて、自分も同じものを肩からかける。さすがにこの状態では寝室まで持たないだろうと判断し、彼女を横抱きに抱き上げた。
「しゅ、俊哉君!?」
「マナ、歩けないでしょう? ベッドまで運んであげるから、じっとしてて」
 突然抱き上げられて驚く真奈実に、俊哉は宥めるように告げて濡れた前髪がぺったりと張り付いている額に唇を落とす。その優しい感覚に、真奈実は身体の緊張を解いた。
 人一人抱えている状態だというのに俊哉は器用にドアを開け、ベッドの上へと真奈実を下ろす。サイドテーブル上のデスクトップランプをつけると、そのまま自分もベッドに上がり、上気した顔で見つめてくる恋人に覆いかぶさった。
「ね、ちゃんと髪、拭かなきゃだよ?」
「後でいい。――もう、我慢できない」
 熱い息と共に唇が降ってくる。今回ばかりははじめから激しいキスを与えられて、ようやく整いかけていた息がまたあっという間に荒くなる。
 羽織らされていただけのバスローブは、少し身体を動かしただけでベッドに落ちる。湯と欲情に火照った身体を重ね合わせるだけで、身体の熱が更に上がったような感覚を覚えた。
 キスを繰り返しながら手がゆっくりと真奈実の身体のラインを辿り、一番熱く滾っている場所に触れられた。指が芽に触れ、入り口を弄るたび、息が詰まってどうしようもなく身体がびくびくと跳ねる。
「すごいね、マナ。ここ、もうドロドロだよ?」
「やっ、言わな……で!」
 自分の身体の状況を口に出されて、さっきまでとは違う理由で顔が熱くなる。そんな顔を見られたくなくて、真奈実は俊哉の肩に顔を埋める。
「ね、もう……」
「うん?」
「だから、その……も、おねが、い」
 ほんの僅かに身体を引いた俊哉は真奈実の額にこつんと自分の額を当て、羞恥に背けようとする視線を真っ向から捕らえる。
「僕が欲しい? なら、ちゃんと言葉にしてほしい。ねえ、マナ。言って?」
 浅い息と共に、命令なのか懇願なのかあいまいな言葉を口にする。そうしながら、俊哉はこれ以上になく昂ぶった自身を真奈実の下腹部に押し当てる。
 その熱さと硬さに、おなかの奥がきゅうと絞られる。
「――ほ、しいの。俊哉君が欲しい――!」
「うん、僕も欲しい。マナが欲しいよ」
 鮮やかに微笑んで、俊哉はサイドテーブルの引き出しから避妊具を取り出し、慣れた手付きで装着する。視線を感じて見下ろせば、期待と不安がない交ぜになった瞳で、真奈実が見上げていた。
「もう少し、待って?」
 ちゅ、と唇を啄ばみながら囁いて、真奈実の足の間に身体を収める。限界ぎりぎりまで昂ぶっている自身を真奈実の身体に宛がえば、ぬちゃりと粘液が音を立てる。
「行くよ」
 掠れた声で囁かれると同時に、真奈実は熱いものが自分の中へと押し入ってくるのを感じ、その重量感に、確かさに、夕方から一度も満足できていなかった身体が歓喜に打ち震える。
「っあぁん! はっ、あ……あああっ!」
 ずん、と奥まで貫かれ、反射的に軽く達する。その締め付けに危うく持っていかれそうになり、俊哉は奥歯をぐっと噛み締めた。
「マ、ナ……締め付けすぎ……」
「そ……んな、事、言われて……も」
「ま、あね……――それよりマナ、早速だけど動くよ?」
「え? あっや、ちょっと待っ――やぁあん!」
 真奈実の制止も聞かず、自らの宣言通りに俊哉はリズミカルに腰を動かしはじめる。与えられる愉悦に体中が溶け出しそうなのに、真奈実は俊哉をしっかり包み込み、受け止めている。霞みつつある目を開いて見上げれば、真奈実から得ている快楽に強く眉根を寄せて、切なげに真奈実だけを見つめている俊哉の瞳があった。
「しゅ、んや……くん」
「うん?」
「…………すき」
 気が付けば、そう呟いて俊哉を強く抱きしめていた。不意打ちに驚いたのだろう、ぴたりと動きを止めた彼は、ふ、と笑いを漏らすと真奈実の身体を強く強く抱きしめ返す。
「僕も、マナが好きだよ。愛しくて愛しくてたまらない」
 囁いて、口付けて、微笑みあって。それから二人でまた、ゆっくりと同じリズムを刻み始める。
 真奈実の片足を抱え上げた俊哉が更に深くまでぐっと突き込み、同時に首の付け根に強く吸い付く。苦しいくらい深くまで愛されて、真奈実の頭の中で泡がぱちぱちとはじける。
「ね、も……んあんっ、あん、ダメ……キ、ちゃうよぉ……!」
「うん、僕も……そろそろだから」
 律儀に返して俊哉は改めて真奈実の足をしっかりと抱え込む。そして、二人共に達するためにスパートをかけた。
 長いストロークで、けれど激しさだけはこれまでの比ではなく。それでいながら真奈実のイイところを、俊哉は的確に突いていた。
「やっ、あ、あ、あ……ああっ、ダメ、も、ああん、…や…ひやぁあああああ!」
「マナっ――!」
 絶頂に達した真奈実の強烈な締め付けに、既に限界を超えていた俊哉もこらえ切れなかった。
 薄いゴムの中に欲望の全てを吐き出して、脳を焼ききらんばかりの開放感に弛緩した俊哉の身体が真奈実の傍らへと落ちた。