かぶ

真実の目覚める時 - 07

 ランドルフの巧みな指と舌による胸への愛撫は、マデリーンの膝から、ただ立っているだけの力すら奪い取ってしまった。今の彼女は夫にしがみついている腕と、壁に強く預けている背中だけでなんとか体勢を保っているような状態だ。
「ドルフ、ドルフ……だめ、もう……」
「限界か? どうやら君も、俺を恋しく思ってくれていたらしいな」
 どこか皮肉な響きを滲ませながら告げられた言葉に、マデリーンは羞恥を覚えつつもそっと頷く。
「今日はやけに素直だな。――おいで、マデリーン」
 ほとんど力の入らない足を引き摺るマデリーンを半ば抱き上げられるようにして、ランドルフはベッドへと向かう。スプリングのよく効いたマットレスへと腰を下ろし、その膝の上に、向かい合う形で妻を座らせる。
「マディ、俺のボタンを外してくれないか?」
 近づいた目線を合わせ、低く囁く。与えられた悦楽にぼうっとした瞳で頷き、マデリーンは動きの鈍い指先をランドルフのシャツへと這わせた。小さなボタンを摘んでボタンホールから外すという、いつもなら些細な動作も、今の状態ではちょっとした一仕事に思える。その指先を、熱の篭った瞳でランドルフがじっと見つめている緊張もあって、指は更にぎこちなさを増した。
 スラックスに入れられていたシャツの裾を引っ張り出して最後の一つを外した時には、不思議な満足感を覚えた。開かれたシャツの間から見える浅黒い肌にそっと手を這わせ、厚い胸板に唇で触れる。頭上から落ちてきた満足げな低い呻きに、マデリーンは小さく微笑んだ。
 鎖骨から首筋にキスを落としながら、シャツの下に手を滑らせ、女性に比べると遥かにささやかな乳首を指先で押しつぶす。耳に吹き込まれる浅い呼吸に力づけられ、みぞおちから引き締まった腹部、そして脇腹へと軽いタッチで触れていく。腰から背中へと筋肉の流れを指先で辿り、大きく開いたシャツの間から見えるランドルフの胸に、むき出しにされたままの自分の乳房を強く押し付けた。
 緊張感と与えられた快楽のためにどうしようもなく敏感になった乳首の先が、なめし革のようなランドルフの肌に擦られて、じりじりとした熱を灯す。
 うっとりとした表情で身を預けてくる妻のこめかみへキスを落とし、ランドルフは彼女の腰を支えていた手を徐々に下の方へと下ろしていく。柔らかなヒップを掴んで持ち上げれば、マデリーンの喉元がランドルフの目の前にさらけ出される。ごくりと口の中に溜まった唾液を音を立てて飲み下すと、彼は噛み付くような勢いでその白い首筋に口付けた。
 ヒップをやわやわと揉みしだきながら、ランドルフの指はじわじわとバスローブの裾をたくし上げていく。膝丈のそれが、彼が必要とする高さまで引き上げられるのに大した時間はかからず、マデリーンがそうと気づくより先に、ランドルフの手はバスローブの下に滑り込んでいた。シルクのショーツと肌の境目を擽るように繰り返しなぞりながら、指先はじわじわと内股へ、そして更にその先の、もうすでに熱く潤っている部分に向かう。けれどその動きは口付けの激しさに反して実にスローで、マデリーンはどうしようもなく焦れてしまい、無意識に腰を蠢かしはじめた。
 より確かな刺激を求める妻の動きは、スラックスの中ですでに熱く昂ぶっているランドルフ自身を愛撫する形になり、予期せぬ快感にランドルフが喉の奥で低く呻きを上げる。いつもはじっくりとマデリーンを愛撫し、自分の与える快感に打ち震える姿を堪能するのだが、今日は彼女に触れるのがあまりに久しぶりなせいか、これ以上自分を戒める事などできそうになかった。
 腕の中の身体を揺さぶり上げてぐいと彼女の太ももを持ち上げ、膝立ちにさせる。そのままの体勢でショーツをずらし、熱いぬかるみへと指を差し入れた。準備は十分に整っていたようで、彼女の身体は抵抗なくランドルフの指を飲み込んでいく。これなら大丈夫だろうと指をもう一本増やして思うが侭に掻き混ぜる。
「んっぁ……ランドルフ、ああ、ドルフ……あ、ぁ……あああっ!」
 大きく仰け反り、恍惚と喘ぐマデリーンの鎖骨へと噛み付くようにキスをする。ざらりと喉元から顎まで舐め上げ、頬に口付けを落とし、耳たぶを唇で愛撫する。
「準備が万端だな」
 満足感たっぷりに囁けば、微かに理性を取り戻した瞳が羞恥に陰る。けれど次の瞬間、ランドルフの背中に回されていた片手を下ろしたマデリーンは、二人の間で窮屈に押さえつけられている彼の欲望へと指を這わせた。
「っ――!」
「あなただって、準備万端だわ」
 掠れて低くなった声が耳へと吹き込まれる。その声のセクシーさに、劣情が背筋を走りぬけ、火花となって最後の枷を焼き切った。
 マデリーンの中から引き抜いた指を拭う手間さえ惜しんでスラックスの前を開く。ボクサーショーツから今にもはじけそうな己の欲望を取り出すと、強引なまでの勢いでマデリーンを貫いた。
「や、あ……、あ、んぁぁあああっ!」
「ぐっ……くそっ、マデリーン……!」
 限界ぎりぎりまで張り詰めていた二人のテンションは、あまりにも唐突な挿入により更なる高みへと一気に押し上げられた。マデリーンは耐え切れず、最も深い場所を抉られた瞬間に高い声を上げて達してしまった。自分を包み込む悦楽の瞬間の締め付けに引き摺られそうになったランドルフは、悪態を吐きつつ奥歯を噛み締め、かろうじて堪えた。
 急激に訪れた絶頂感にぐったりと荒い呼吸を繰り返す妻の背中を優しく抱き、彼女が現実に戻ってくるのをじっと待つ。
「あ……わ、たし……」
「どうやら焦らしすぎてしまったようだな。こんなに反応してくれるとは、予想外だった」
「そんな事、言わないで」
 からかう声に、マデリーンがはっと息を呑む。羞恥から背けようとするその顎を捕まえ、ランドルフは微笑みと共に淡い口付けを送る。
「構わない。それだけ君が俺を欲しがってくれてるという証拠だろう? それより……いいか?」
 何が、と、マデリーンは訊かなかった。ランドルフも告げなかった。
 自身を落ち着かせるような、ゆっくりとした深呼吸の後、彼女はそっと一つだけ頷いて了承の意を伝える。次の瞬間、ランドルフの腕がマデリーンを強く抱きしめ、彼の腰が彼女を深く抉るように動きはじめた。達してから間もない身体には、ほんの少しの刺激でも強すぎる。落ち着ききっていなかった身体はすぐにまた熱を取り戻し、夫に合わせてマデリーンも身体を動かし始めた。
 ベッドのスプリングが軋む音と浅く荒い呼吸、時折漏らされる喘ぎと呼び声、そして繋がっている場所で立てられる粘ついた水音。部屋の中を満たすそれらの音は、聴覚を通じてランドルフとマデリーンの欲望の炎に更なる油を注ぐ。
 この時だけは、こうして快楽を共有している間だけは、二人の間にある見えない壁は完全に打ち壊される。
 マデリーンはその全てをランドルフに預け、彼によって与えられる全て受け入れ、ランドルフが求める全てを与えてくれる。
「マデリーン、マディ……」
 名前を呼びながら、途切れ途切れに喘ぎ声を放っている唇を甘噛みする。首の後ろに回された彼女の手が襟からシャツの下へと差し入れられ、素肌の背中に爪を立てる。こんな痛みも、快楽の中にいるランドルフにはいい刺激剤にしかならない。
 僅かに残った理性が、彼らがどれだけ淫らな姿になっているのかを思い起こさせる。シャツの前を全開にし、下肢は着衣のままという格好で、サッシュベルトでバスローブを腰に巻きつかせたマデリーンを、ずらした下着の隙間からランドルフは貫いている。
 こんな風に余裕もなく、全てをかなぐり捨てるように抱き合ったのは、一体どれくらいぶりだろう? 新婚の頃、マデリーンに性の喜びを教え込む事に喜びを見出していた頃は、そして彼女がそれを純粋に楽しめるようになってきた頃にはよくあった。息子が生まれ、彼女が意識を夫だけでなく息子へと向けなければならなくなってからは、まるで自分の存在を全身で持って確認させるために抱いていたような気がする。
 こまめに抱いていても、マデリーンの反応はランドルフを十分すぎるほど満足させる。けれど今夜のような激しい反応を見せてもらえるのならば、時々は離れてみるのもありかもしれない。――だからと言って、彼女を抱く楽しみを、自ら減らすつもりはないのだけれど。
 彼女の手を背中全体に感じたくて、動きを緩めると汗で濡れたシャツをベッドに落とす。腕を自由に動かせるようになったマデリーンは、微かな笑みを口元に浮かべると、更に強くランドルフの背中へとしがみついた。
 この太い腕の中にいる間だけは、想いを隠さなくていい。言葉にする事はできないけれど、心と身体で夫への愛を叫ぶ事ができる。今だけは、この世界に存在するのは二人きりだと信じる事ができる、濃密な夜の間だけは。
 胎内の一番奥深くをぐりっと抉られるたび、マットレスに突いた膝から力が抜けていく。
 繋がった場所やランドルフの指先が、唇が辿った場所からさざなみのように濃厚な悦楽がマデリーンへと送り込まれ、まるで軟体動物にでもなったように、ぐんにゃりと全身に力が入らない。そんな状態にありながらも、少しでも夫を喜ばせたくて、マデリーンはただひたすらに身体を揺さぶる。
「マディ、そうだ、そう、そのまま……ああ、やっぱり君が一番だ……!」
「ド、ルフ……?」
 熱に浮かされたようなランドルフの言葉に、マデリーンはぴたりと動きを止める。追い上げられるまま高まっていく身体とは裏腹に、熱くなっていた頭と心が一気に醒めていく。
「どうしたんだ? ほら、俺に合わせて……ああ、いいよ、ダーリン……!」
「っあ……や、だめ、そこは!」
 限界が近づいているらしく、マデリーンの中で更に体積を増したランドルフは、彼女の最も弱いところを的確に突き、擦り上げる。混乱と疑惑でばらばらになりそうだというのに、十年以上かけて夫に慣らされた身体は実に容易く限界へと向けて快楽の淵へと駆け上る。
 終わりは唐突に訪れた。
 世界が真っ白に染まり、身体から重さが消える。
 自由落下にも似た開放感の中、切れ切れに自分の名前を呼びながら全身を震わせるランドルフが、彼女の中で熱くはじけたのを感じていた。